皆さんは「連句」(れんく)(れんぐ) というのをご存じですか。
聞いたことは無いねという方がほとんどでしょうね。 じつは芭蕉さんや蕪村さんが当時やっていたのがこれ、連句です。
今ではごくわずかの方達が楽しんでいるようです。 私も趣味でやらせてもらっています。面白いですよ。
俳句と同じ形の575の言葉で始まり、 575の言葉と、77の言葉を順に繰り返しながら 新しい世界を構築していきます。何人かでやるのでどんな 方向に話が行くか展開が読めません。臨機応変に対応しなければならないのも魅力です。言葉を使う少し知的な遊びです。
「花を持たす」とか「二の句が継げない」「挙句の果て」などの言葉は連句から生まれたのでした。当時多くの人が嗜んで 生活の中に連句が溶け込んでいた証拠でしょう。
どんなものか、ここに紹介いたします。
遊ぶ人数は数人です。
最初の人が 575の句を作り、 2番目の人は 77の句を作り、3番目の人はまた575の句と、これを繰り返します。
その時、前の句の意を汲んで、なにがしかの関係を持たせながら違う情景を展開していきます。どういう関係性にしようか、どんな物語にしようかと考えながら作ります。
常に前の句とその句の2つで出来る世界での発想を競い合う面白さです。
私たちは一同に集まり、6時間ぐらいかけて三十六句作りますが、 今はコロナのためメールでやり取りしています。
はじめに捌き役の人を決め、その捌きは、どの句を選ぶかを含めて、 進行すべてを取り仕切ります。
私の仲間は皆博識で、教わる事ばかり。何よりも発想の幅が広がったこと、視野が広がったことが私には一番の喜びです。
では、最近作ったもの、「夏羽織の巻」を載せます。ご覧ください。
これは七月に始めましたから、夏の句から始まります。
句の順序は名前が複雑なので、 ここでは分かり易く簡易的に1234で記しています。
捌きは、私、八感(私の俳号です)が務めました。
順番も捌きが勝手に決めています。参加者は、恵洲、きらら、亦紅、次世、暗吾、翳雉、八感の7名です。
1、脱ぎようも 真打ぶりや 夏羽織 恵洲
最近真打になった噺家さん、やっぱり真打になると、羽織の脱ぎ方も違うねー という句。 夏羽織で夏。
この句に、もう一句夏の句を付けてと、捌きの注文。
2、長きしじまの 百物語 きらら
前句の演目から百物語(季語夏)という怪談話を導き出して、演者の黙った怖さを示していますね。
ここからは、二つの句を組にして
脱ぎようも 真打ぶりや 夏羽織
長きしじまの 百物語
と続けて読みます。これで一つの句と考え、二つの兼ね合い方、響き合い方を楽しみます。外野は良いの悪いのというかもしれません。でもこれを選んだのは捌きです。良いも悪いもすべて捌きの責任となります。
次は季語の入らない句 無季 と捌きからの注文です
3、抜け道の 踏切開く 気も無くて 亦紅
いつもは通れる踏切が なぜか開かない、長きしじまを待つ時間、踏切を待つ時間、その得も言われぬ時間でついていると考えます。
注文は、次も無季 季語の入らない句です
4,ぽつりぽつりと 大粒の雨 次世
踏切で待っていたら雨が降り出した ということで、前の句、怪談話からは全く離れます、引きずってはいけないのです。 雨?と思って空を見上げている人が見えますね。視線が急に上向きになりました。視線の変化も大切です。
次は 月を読まなければならない、月の定座(じょうざ)という場所です。月の季語は秋。次は秋の月です。
5,有り合いの 月見団子も 買い揃え 暗吾
雨が降りだした?でもやっぱりお月見の用意はしとかなきゃ、毎年のことだからね
この関係性 付け具合も離れ具合もいいですね そこにいる人物の こころの内も見えていて
次も秋の句です。秋は3句続けます。
6,物言いたげに 秋海棠萌ゆ 翳雉
月見を一緒にし、秋海棠を植え育てていたあの人を偲んでいるような情景に持っていきましたね。
次も秋です
7,見返れば 四方の暗さに 居る浮塵子(うんか) 八感
うんかとは蚊柱とか、それを作る小さな虫です。
草むらから何気なく振り返ったら浮塵子のひと固まりがそこに
浮塵子が秋の季語
次は無季の句です。
8,首尾よく掛金(かけ)の 取れて帰るさ 洲
貸金を取りに行ってたんまり懐にお金 後ろが気になります。その後ろに嫌な予感。 見返ったのがこの掛け取り人ということです。これもうまくついていますね。
次も無季の句。
9,薄墨の 眉引いて待つ 路地の家 き
掛取が向かう所といえば二号さん これで因業おやじとご婦人の人と成りが見えてきました。その人の持ち物などで付けているのです。
次も無季の句です。無季の句を雑の句(ぞうのく)とも言います。
10,宵ともなれば 屋台ちらほら 紅
路地の家のある町の様子を少し具体的にと持って行っています。
次も雑の句、無季です。
11,酔うほどに 蘊蓄垂れる 者もいて 世
屋台と酔うで付けているのですが、これは発想が少し簡易的 欲を言えばもう少し離れた知的な付けで採りたいのが希望ですが、そこがなかなか。捌きも出てきたものから選ぶしかないので苦労の種であり、また面白さ。
次も雑の句でと捌きの注文
12,ミシシッピーを 下る河船 吾
蘊蓄語る人は 船の上だったのですね。それもミシシッピー河の。この河を下るには何日も乗っていなければな らないそうですから、いますよね。こういう人。
前の3句が下町の雰囲気を持っていて、似過ぎだったので、暗吾さんは自主的にガラッと違う景色に変えてくれました。このように参加者が皆でいい方向へと持っていくようにしているのです。捌きとしては助かりました。
次はまた月の定座です。でも今度は冬の月にと、捌きからの注文。
13,何はとも 孤高にしかず 寒の月 雉
河船から見る月と見るか、船の向こうにある月と見るかは分からないけれど、きりりとした月が見えている句です。
冬の句は2句続けます。
14,童(わらし)連れたる 雪女なる 感
雪女が冬の季語。 わらしと言えば東北、遠野物語、満月の夜は雪女が大勢の童(わらし)を連れて遊ぶという。だから子供たちには外に出ないようにと言われてきた。 そして誰も雪女を見たことがない。そんな景色を孤高である月の下に持って行った句。
冬の句は2句出たので終わり、次は雑の句と注文
15,臈(ろう)たけて 鄙(ひな)には稀に 見るまでに 洲
あのお年を召されたご婦人は、もしかして雪女の化身?と思わせるほど
36句のうちどこかで、恋の句、神仏の句、名所(などころ・固有名詞のつく場所)、時事の句など出してほしいのです。先ほどミシシッピーで名所は出ましたね。
次はやはり雑の句との注文です。
16,薬のラベル すべてドイツ語 き
そのご婦人の周りにあるもの、薬瓶もドイツ語です。
そういうお仕事の方なのか、はたまたここはドイツなのか。それは別にしても、ご婦人と瓶の並ぶ情景は目に浮かびます。
次は花の定座、花というのは黙っていれば桜の花のこと。ゆえに季は春です。
17,招かれて 窓一面の 花万朶(ばんだ) 紅
招かれて訪ねた部屋から見る景色は、枝がしだれるほど満開の桜の花で満ちて、美しい。
18,とんび高鳴く 長閑なる空 世
長閑が春の季語。11句目に蘊蓄語る者というのがありますが、このとんびの句は声をメインにした句。音の句です。音や色や香りも変化をつけるには連句では大切なファクターです。
ここまでで、半分過ぎました。ここまでを表(おもて)といい、次からは、後半、裏(うら)に入ります。
次も春で行きます。春の三句目です。
19,菊川は 菜飯の頃と なりたるか 吾
菊川は東海道五十三次の菊川。菊川は宿にはなれず旅人を泊めることが禁止され、また尾頭つきの料理も禁止され、簡単な昼飯を出す休み処としか営業出来なかったところ。でも菜飯が名物に。 それをわきまえた上での句。菜飯が春。
次は雑の短句です。短句とは77の句を言います。対する575の句は長句と言います。
20,そも始まりは 婀娜(あだ)の裾分け 雉
婀娜とはあだっぽいこと、 裾分けはおすそ分けの意と、裾を開くをかけていますね。どちらに解釈しても構いません。菊川の地での話ではなく、前の句は、よそにいて菊川のことを想像しているわけですから、その地で二人のなり初めを言っているわけです。
恋の句呼び出しですね。
次は雑の長句です。 次はやはり恋の句がほしいですね。
21,渾身の 恋打つ太鼓 車夫なりき 感
この車夫とは無法松の一生の富島松五郎。陸軍大尉吉岡の未亡人良子との交流に話を持っていきました。 恋という字が使われて間違いなく恋の句です。
次も雑の句、出来たらもう一句恋をほしい。
22,相聞の歌 贈る達筆 洲
相手を気遣う手紙もあるが、万葉集には恋の歌も多い。万葉集にこだわらず、ここではその文字に注目。映像ではクローズアップである。この表現方法も連句では大切な手法。これも恋の句です。文(ふみ)は恋なんです。
次は夏の句をと捌きから注文
23,峰入りに 見え隠れする 笈の背(せな) き
峰入りは 大和の大峰山に登って修験者が修行することで夏の季語。 その若者への文だったのかと、新しい人物像が見えてくる。 修験者と見なくとも、郵便配達して山を行く人物とみてもよい。
次ももう一句夏。
24,しぎ焼き茄子の 味噌のほど良き 紅
前の句の情景が見えるところでもよし、思い浮かべてもよし、このしぎ焼茄子おいしいねーという図。
しぎ焼なす・茄子が夏。
次は雑の句。しばらく雑で行きます。
25,鬼平の 大役を継ぐ 五代目よ 世
鬼平犯科帳の五代目鬼平を先代中村吉右衛門から松本幸四郎が受け継ぎ演じるとのニュース。鬼平が「この茄子美味え~!」といかにも言いそうな付け。ニュースを取り入れた付け筋。これを時事の句と言います。
26,雪駄の鋲の 音も高らか 吾
その人が持っていた、履いていた、使っていた品物で付けた句。
雪駄は雪という語がつかわれていますが、これは履物の名前ですので、冬の季語ではありません。
次も雑の句です。
27,とやかくや 世の中風の 吹き回し 雉
なにやかやと言ったって 景気のよさそうな雪駄の音と言えども、その時々、どうなるか分からないよ。
28,人の別れは 駅の知ること 感
案の定、思いもよらず急に転勤させられて、駅での別れ。 そんなこんなを駅はたくさんたくさん見てきました。
次は再び月の定座 秋の月です。
29、月仰ぎ 戦火の国に 思い馳す 洲
戦時下の今のウクライナの駅を彷彿する句。 否応なく家族の別離がそこにある。場面転換いいですね。
次も秋の句。
30,搗栗(かちぐり)つくる 村の集会 き
搗栗は音から勝栗ともいわれ、炒った栗を突いて作ります。秋の季語。戦火の国を思いながら作っているのでしょう。
次も秋です。
31,牛膝(いのこづち)髪にもつけて 子の帰宅 紅
前句の村の様子を別の視点から歌った句。同じ背景だから少し近すぎかなとも思いますが、残り6句、名残の裏という最終ステージに入ったところで、おとなしく収めていくところなので、まあいいかと。
32,モンゴロイドの 青き斑点 世
前句の子供からの発想。おとなしく行くかと思ったら、まだまだ納めたくないと、意外な句が。クローズアップですね。映像が目に浮かびます。
次は雑、雑の句2句挟んで、最後は春2句です。
33,その地図に 三千年の 秘宝とか 吾
青い斑を地図と見たのですね。そしてそこに隠された物語が。
もう一句雑で行きます。
34,あるかなきかに 兆す蓓蕾(ばいらい) 雉
蓓蕾は芽とか新芽です。芽とか新芽は季はありません。木の目は春ですけど。 秘宝が在る?ない? いずれにしても夢が膨らむことでついています。
次は花の定座です。春です。花を持たせる という語のごとく花を歌わせてもらえることは名誉なこと。順番でたまたま私に当たりました。
35,天地人 花花花に 充ち満ちて 感
ありとあらゆるところ全て花 と。句では無駄な言葉遣いを極力減らします。その中で花という語を3つも重ねることが良いか分かりませんが、そのくらい花いっぱいを言いたくて使ってしまいました。
次も春です。最後の句は挙句と言います。静かに余韻の残る句を作ります。
36,結ぶ庵は 如月の奥 洲
前句の花が花花花と来たものだから、それだけ咲いているのは吉野山。又吉野と言えば西行さん。奥千本にある西行庵を歌ったものですね。良い付けです。
そして余韻の残る句です。
これで36句 巻き終わりました。36句のを「歌仙」と言います。
発句に夏羽織とありましたので、この歌仙を「夏羽織の巻」とします。
起首 2022年7月15日
満尾 2022年8月31日
以上です。